[書籍]怪談でも日記でもないもの、と題する

幽談 (幽BOOKS) 幽談 (幽BOOKS)
価格:¥ 1,449(税込)
発売日:2008-07-16

せっかくなので画像最大で。

京極夏彦の新刊。
あまりこのblogには書いていないし、プロフィールに少し触れているだけだけども
わたしはこの京極夏彦の文体がそれは好きで好きで好きで、
そりゃ出世作の「姑獲鳥の夏」も好きだけど
初めて読んだのは「魍魎の匣」を読んであのトリックになんかもう入れ込んじゃって、
そんな感じでずっと京極夏彦の本は買っている。
新書と文庫版の違いを読み比べたり、加筆部分をチェックしたり。
16の年に読み始めたのでなんだかんだ言って10年はファンをやっている。

引越し作業をしながら、2008年7月の新刊としてこの「幽談」を東京にいるときに購入した。
装丁はかなり丁寧で、最初と最後に表紙裏の緑の和紙と同じ紙が少し使われていて
お洒落な感じ。
本文の最初と最後が和紙部分にひっかかるようになっている。

短編オムニバスで、1つの話に1つ焦点があって、
でも最後にはそれが霧散してしまう。
第三者視点の書き口もあるが、独り言形式のほうが多い。

短編だらけなのでさらっと読めてしまいそうだが、
所謂「京極堂シリーズ」と違い、オチがない。
これが今作の大きな特色だと思う。

蛇足になるけど、
我が家で契約しているケーブルテレビで「ミステリーチャンネル」というのがあって、
作家が自ら登場して本を紹介しているコーナーなんかがあって、
そこに京極御大自ら登場されてこの本を紹介されていた。

その放送を見ていて、一番納得したのは
「これは怪談でも奇談でもないものとしたい」
とおっしゃっていたことだと思う(顔ばっかり見てすげー適当に見ていたのであやふやだけども)。

わたしは「日記ではないもの」と感じた。
形式はむしろ日記に近いものがある。
手記と言ってもいい形式もある。
ただ、書いてある内容は非日常だが、書き手はそれを異常事態とは捉えていない。
物語の外から書き手の日常にアクセスしたときにだけ、
歪んだ戸惑いを感じるように書かれている。

秀逸だなーと思ったのは、
京極夏彦が本当に文体を選んで書いているのだと分かること。
今までに「京極堂シリーズ」とお遊びで書いたと思う「どすこい」辺りを
見比べてわかるように、彼は文体の効果を最大限に演出するような脚本を
考えているんだと感じ取れる。
敬遠されるような文体が主軸にあるものの、
バカバカしい話し言葉の雰囲気も得意だと思う。
口語の文語の雰囲気の特徴を良く捉えていて、効果的に使用されている。
言葉のスペシャリストというより、やはり言霊のように思える。

誤解が多いけど、京極夏彦は長い、分厚い、くどい本を書くのを決して得意としては
いないと思っている。
簡潔な文章を洗練された形で並べた結果、
「ひとを殺せる新書」と呼ばれる厚さの「京極堂」の本が毎回一冊一冊できる。

今回は本当にシンプルで、内容もよく考えられているけど、
読者のための「あっと言わせる秘密の暴露」はない。
わたしが大好きな、残酷、冷静、淡白、のどれでもない
「静謐」にふさわしい物語が少しの冷気を伴って淡々と綴られていくだけ。
不気味だけどあまり怖くない、オチはつかない。
非日常がつづられてそこでぷっつり終わる印象が多い。

暑さに歪む視界を少しだけ冷やそうと思ったらお勧めだと思う。

帯の表題作は「手首を拾う」。

以下、ネタバレ含む。他の作にも言及する。

「手首を拾う」。

タイトルだけで十分奇妙だけど、オチはない。
本当にない。
出先で手首を拾う。
その存在で幸せを感じて、妻と離婚することを決意する。
また行ってみたら手首を拾う。

その手首がどこから来たのか、
死体なのか、殺したものなのか、妄想なのか、
言及は一切ない。
ただ手首を拾う。

作中では、書き手の妻が何らかの精神疾患を持ち、
その劇的な症状に嫌気がさして離婚したという言及がある。
その手首を拾う行為は、妻の精神疾患が伝染した書き手の妄想かもしれない。
拾う、ということで特に何が起こるわけでもない。
ただ拾う。書き手はそれで十分で、幸せを呼び込んだのだと信じる。
可笑しいことに手首は女のもので、最初に拾ったときも7年後再度出会ったときも
生きているのだという。

何かの暗喩かもしれないが、
最後に汽船にもう一度乗れないのが寂しいという感慨だけで終わる。
収録の一作目なので、これを受け入れるかどうかで今作を読みきるかどうかが
左右されるかもしれないと思う。

もう一作気に入ったのは、「下の人」。

京極夏彦だから書けるんだろうが、
本当に普通の、最近の、女性の独り言だ。
ベッドの下に顔があるという。
顔は生きていて、動いたり音を出したりする。
書き手はその顔を見つけて仰天するが、慣れてしまい同居する。
そのうち誰かに見せたくなり、ベッドを動かすという名目で業者を呼ぶが、
「顔」はベッドの下にいるままで、動かしたベッドに押しつぶされて少し歪む。

最後は「下の人」を引っ張り出そうとするがダメで、
書き手は諦めて悲しい感じになる。

「ベッドの下に男がいる」という都市伝説のような怪談が流れて久しいが、
あの状況とも違う。
ベッドの下に顔があって、共存している。
顔はどこから来たのかどういう意図があるのかわからない。
どんなものなのかもわからない。
オチがない。

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