[書籍]聖人を現代病に感染させるとこうなる、とか

聖☆おにいさん 1 (1) (モーニングKC) 聖☆おにいさん 1 (1) (モーニングKC)
価格:¥ 580(税込)
発売日:2008-01-23
聖☆おにいさん 2 (2) (モーニングKC) 聖☆おにいさん 2 (2) (モーニングKC)
価格:¥ 580(税込)
発売日:2008-07-23

最近周囲で流行っていたので一気読み。
今までに無く、面白かったです。シンプルに。

内容は、「本物」のゴータマ・シッダールタ=ブッダと
イエス・キリスト=イエスが世紀末のお勤めを終えて、
有給を立川のアパートの一室で暮らしながらだらだら消費するという話。
それが「本物」なわけだから、
迂闊に世の中に哀れみをかければ後光が差し、
食べたいものを述べれば材料が家まで出向き、
危険なことがあると天界が動くという過保護っぷり。
ブッダとイエスの異様な仲の良さ、
聖人と思えぬ頭の悪さ、
持っている力に見合わぬ不自由な生活、
とかそういうものがコメディになっている。

作中にも出ている手塚治虫「ブッダ」でも描かれているし、
好きなんだけど人に言いにくい山岸涼子「日出ずる処の天子」とか、
もう脚色というか捏造なら誰にも負けない「ギャグ漫画日和」なんかもそうなんだけど、
聖人としての聖人像というのはもう(ずいぶん前から)受けてなくて、
ひたすら普通の人間に近い、むしろダメっぽい聖人像が受けていると思う。

聖人のことを描いた話というのは、
実は年齢層を選ばない割りに読者層を限定していて、
その理由は「聖人の特徴的な逸話を分かっている読者層」しか笑わないということがある。
聖人に限らず、何かのエピソードを語る場合は、
そのエピソードを知っている人の方が作品をよく見てしまう場合があり、
逆にそのエピソードを知っているが故に作品を悪く見てしまう場合もある。
知らない人は興味を持たない限り読み飛ばす傾向があると思う。

本作の冒頭では、
「仏陀が涅槃に入られるときには多くの動物たちが寄り添って惜しんだ」という
エピソードを、
昼寝を使っていきなり惜し気もなくギャグとしてぶちまけていたので読んで噴いた。
噴いたんだけど、そのときちらっと脳裏をよぎったときは
「あ、この面白さは人に安易に勧めて分かるんだろうか」という不安というか、
もしかして自分にしかウケてないんだろうかという非共有の笑いだった。

この作品の面白さを人に確認もしくは共有しようとするときは、
「あ、ここの面白さってこうなんだけどわかる?」という知識の共有が1段階必要なわけで、
その時点で半笑いになってしまうというか、
見た瞬間馬鹿笑いする人のテンションと違ってるというか、
まあなんていうか乖離してる気がするんだ。
たとえ自分の親に勧めるときだって
「これこれこういうエピソードがあるんだけどわらっちゃってさー」
というクッションを置いて相手が笑うかどうか確かめてから渡す、
というハードルがそこにあって何だか普通のマンガっぽくない。

とは思うものの、
ブッダもしくはイエスのどちらかのエピソードが分かると爆発的な笑いだし、
キリスト教なんかはイエスの話に限らずモーゼとか大天使とかに飛べるし、
この笑いを理解するために勉強してみるというのも悪くないと思います。(敬語)
手塚治虫の「ブッダ」を読んでおけば半分くらい笑うし、
新約+旧約聖書を読んでおけば残り半分くらい笑うし、
どっちも読んでおけば面白さは100%以上になるのは保証できると思う。

男2人を登場させるマンガはそれこそいっぱいあって、
ただ登場させてうろうろさせるマンガはあんまりない、と思う。
その点一見不自然そうだが、ただユルい日常を描いているだけなので不都合はない。
でも今朝、
「あーこれブッダもイエスもどっちもアホだけど、
どっちかアホ彼女だと思い込んで同棲してる話だと思えばしっくりくるんじゃね?」とか思い、
思い込んでみた。
結構しっくりきた。
イエスのほうがアホ彼女っぽい気がした。

そのうちいろんな宗教団体からクレームつきそうな気がしないでもないので
新刊は早く出して欲しいと思いました。

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