[海外ドラマ]ドールハウス シーズン1

最終回まで見終わって「え?!コレシーズン2作るつもりなの?!」と思った。

ドールハウス DVDコレクターズBOX ドールハウス DVDコレクターズBOX
価格:¥ 10,920(税込)
発売日:2010-09-02

残念ながら寡聞にして「エリザ・ドゥシュク」という主演女優のことをよく知らなかったわけで、
このお姉さん、結構綺麗なんだけど口が半開きで「白痴」という単語が頭を過ぎってしまう…。
その演技がアクション人格とタブラ・ラサの判別を容易にしてくれているとも言えるけど。
【シーズン1内容】
裏世界に潜む秘密結社であるドールハウス。
「ドール」と呼ばれるエージェント達は自ら承知した上でドールハウスと契約を交わし、
自らの人格をアンインストールし「白紙状態(タブラ・ラサ)」と呼ばれる状態となって
依頼に応じた人格を刷り込み任務を達成する。
あるときは戦場を越える女スパイ、あるときは建物を知り尽くした女盗賊、
あるときは失った妻の人格を再現して理想の女として依頼者の前に現れる。
そのドールの一人であるエコーは、過去にドールハウスで起きた凄惨な残虐事件のただ一人の生き残り。
「アルファ」と呼ばれたドールの暴走事件はなかったこととされ、エコーはそのまま任務に投入され続けるが
エコーを取り巻く状況は次第に変化していく。
FBIの特別捜査官であるポールはエコーがドール化する以前にどんな人間であったか知り、
どうやらドールハウスの存在を暴こうとしているようだ。
人格変換技術の責任者であるトファー、ドールハウスの総責任者であるアデル、エコーの保護者であるボイドは
エコーを狙う存在に気付き始めるが、
ドールハウスを運営するロッサム社が人格変換技術をどんどん推し進めていくことに不安を覚える。
第一話はエコーと呼ばれる女性が一夜限りの理想的な女性人格として活動するラブロマンスから開始。
第十三話は世界中の人々がキリングマシーンと化し、人格を乗っ取られなかった人間を虐殺しまくる絶望脚本。
この差異はいったい…。
最後の一話で脚本が大幅に変更されちゃっているのかと解釈。
元々シーズン1は打ち切りの心配があったらしく、第十二話を想定内での最終回とし
第十三話は打ち切り時の放映用として製作されたものだと聞いて納得した。
本来第十三話のような話は本当の最終回か、番外編として製作されるような話だから。
でも逆に「ここまでドールハウスが人類に害をもたらすのか…」と絶句させられ、
いい意味で脚本の行方を知ることが出来た点についてはとても満足した。
キーは現在女性人格でありドールハウスの専属医師であるサンダース先生すらも
かつてドールであったところからだと思った。
ノベンバーがドールであることは簡単に推測できたし
その後電話を受けることによって人格が交代する仕組みも割と受け止めやすかったので
恐らくドールハウスの運営側にもアクティブなドールが紛れ込んでいることは分かっていたのだけども、
アルファという人格の行動の自由度の原因は
あまり説明されていなかった気がするので
サンダース=死んだサンダース医師の人格をインストールされたウイスキーという存在についてはとにかく不遇だなという印象。
死に場もなくトファーのように狂えもせずアデルのように責任を受け入れることもできず、
ただ未来まで人類の助かる道を模索するドールとして残されていたのは悲惨すぎる。
ボイドが逃げてしまったのも良く分からなかった。
もしかするとシーズン2への布石なのかもしれないが。
本作では主人公であるエコーよりも、同僚のドールであるシエラの変身っぷりがかなり面白かった。
シエラとビクターの関係の続きは結構気になるかもしれない。
またFBIでキャロラインのことを追いかけ続けていたポールが結果的にエコーの保護者になったのも面白い。
メリー=ノベンバーの扱いを見ている間は明らかにキャロラインに気をとられていて面白くなかったが、
ボイドとの戦いを経てドールハウスの存在を受け入れるようになってからはとても影が薄い気がした。
結局アルファに消された人格の殆どはバックアップがあったが役に立たなかった、というように解釈したが
本来の人格が戻されないという点はシーズン2ではどのように扱われるのだろうか。
例えばアルファはオメガという複数人格を蓄積して人知を超える悪の力を手にするが、
同じくオメガをインストールされたエコーはアルファと同じような思考には至らず善の道を模索する。
ここは「本来のオリジナルの魂」を題材にしたがっているように見えたが、
結局時間切れで詳しい部分まで説明されなかった。
この点についてはシーズン2で第十三話の脚本を覆す可能性があっても結論を出して欲しいと思う。
トファーについては本人の担当就任から人類の滅亡危機まで、
結局この研究者の想像を絶する優れた脳は善悪の区別がつかなかったんだなと思った。
ただそれは悪いことではなくとてもトファーらしい。
いつも自分の発見や発明に夢中になっていてドールとも人間味を持って接することができるキャラクターがとても好きだった。
残念ながら、自分の罪の重さや発明したものの恐ろしさに気付いて子供返りしてしまったが
自信満々に踏ん反り返りながらインストール人格のチューニングをする姿をまた見せて欲しい。
作品としては、キャストがそれほど多くないにも関わらず
人格交代のバリエーションが多いことやオリジナル人格の再現などが絡みとてもややこしい。
オリジナル⇒ドールとしての名前⇒業務用人格の名前(複数)を覚えるのもとても大変だし、
キャストの演技がとても優秀なせいか業務用人格インストール語の表情や演技まで皆違ってきてしまい
毎回人物像を把握するのがとても煩雑だと感じた。
これはストーリーが進むことで解消できる点もあると思うが、
せめてPreviousStoryの際に顔と名前が一致するような字幕があると嬉しい…。
題材としては人格の入れ替えという未だ実現していない技術を扱ったり、
インストールされた人格によってもたらされるアクション要素がとてもよかった。
カンフーの達人の人格をインストールするとカンフーができるとか、
情報分析専門家の人格をインストールすると情報分析ができるとか、
ご都合主義といわれても仕方ない部分はあるがその商品価値はとても頷ける。
ただそれが人類の滅亡危機に繋がる、というのはとても壮大な気がする。
サンダーバードがトンネルをくぐったらスターウォーズになっていたというくらいのスケールの違い。
それでも現代・未来の脚本は各々なりに面白かった。
第十三話のラスト、
暴走しかけた幼女の体に無理矢理蘇らせられてしまった「キャロライン」が
かつての自分(エコー)の写っている写真を手に取り
「わたしのボディは無事かしら」と呟くシーンはとても象徴的だった。


劇中にも出てくる「タブラ・ラサ」という言葉、
どこかで見たなと思えば夢野久作ではありませんか。
本来はラテン語であるこの言葉、
概念として代用できる言葉がなかなか見つからないのでとても都合が良いのだと思う。
あえて無理矢理日本語にするとすれば「刷り込み以前の時期」とか「出生直後の認知」とかどうしてもスマートではない…。
「インプリティングや物事の認知が固まる前の」という認識そのものがタブラ・ラサの説明を歪めてしまうというとてもアンビバレンツというかパラドックスというか。
ちなみに、
詳しいあらすじまで書いて保存ボタンを押したあと投稿内容ががっつリ失われたため
復元する気力がなく大分省略した。
とても分かりやすくあらすじを紹介してくださっている海外ドラマサイト様がありましたので、
トラックバックさせていただきたく思います。

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[海外ドラマ]ドールハウス シーズン1」への1件のフィードバック

  1. ドールハウス 13話「そして未来へ…」

    シーズン1ファイナル!タイトルどおり、なるほど未来へ・・・ですね。実質シーズン1の最終話は前回の12話でしたが、この13話もとっても見応えがありました。毎回、たくさんの驚きであっという間のシーズン1、次シーズンの放送が早くされるといいですね。…

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