[書籍]娚の一生

某レビューを読んでしまってから書きたいことがぶれてしまった。
実際には5月に書き始めた記事だったんだけど。
西炯子 娚の一生を読んでいた。

娚の一生 1 (フラワーコミックスアルファ) 娚の一生 1 (フラワーコミックスアルファ)
価格:¥ 420(税込)
発売日:2009-03-10
娚の一生 2 (フラワーコミックスアルファ) 娚の一生 2 (フラワーコミックスアルファ)
価格:¥ 420(税込)
発売日:2009-10-09
娚の一生 3 (フラワーコミックス) 娚の一生 3 (フラワーコミックス)
価格:¥ 420(税込)
発売日:2010-03-10

西炯子の本と出合ったのは高校生のとき。
正確には西炯子の「絵と」出合ったのだった。
当時地方のピコ同人高校生だったわたしは勿論というか何というかボーイズラブにのめり込んでいて、
10歳のときに始めたチェロは殆ど触っていなかった。
それでも週に一回はチェロと出会ったきっかけになった小学校の恩師の元で室内楽をやっていて、
必然的にクラシックにもボーイズラブにも興味があるという状態が続き、
そんなときに出会ったのが西炯子が挿絵を務めていた富士見交響楽団シリーズという小説だった。
今回の本筋ではないので割愛するけども、
富士見交響楽団シリーズで得た知識はいまも充分に生きているし西炯子の書くオールバックの指揮者の絵はわたしの書く絵に大きな影響を与えたと思う。
何より影響を受けたのは西炯子が当時連載していた「三番町萩原屋の美人」からだった。
カラーインクでの水彩画のような薄い塗りや、服のしわから髪の毛筋の書き方までかなり大きな影響を受けた。

三番町萩原屋の美人 (其ノ8) (Wings comics) 三番町萩原屋の美人 (其ノ8) (Wings comics)
価格:¥ 530(税込)
発売日:1997-03-25

三番町萩原屋の美人というシリーズはオムニバス形式で、
明治時代の東京に生きている老舗のご隠居(実年齢70代、見た目20代)と
そのご隠居の死んでしまった奥さんを準えて造ったロボットを中心に起こる事件のお話。
少女漫画に分類してしまうには少し不思議な話が多いので、
話の筋を追うのが割と難しいけど全巻あると面白い。
他にも「水が氷になるとき」といったシリアスな青春もの
(友人が体から草の芽が出るという症状に悩まされて冷たい湖に投身自殺する話)、
「さよならジュリエット」といった異端の恋愛話
(かつての同級生がニューハーフになっていて恋愛関係になって別れる話)
と色々な雰囲気の作品があって揃えて読んでいた。
その後完全に女性誌に移ってしまったこともあってしばらく新刊を読んでいなかったのだけど、
本屋に行ったところ今年の注目書として平積みにされていて驚いたのが「娚の一生」だった。
【内容】
大手電機会社で役職付き30代半ばの完全売れ残りの堂園つぐみ。
祖母の家で長期休暇を過ごしていたところ祖母が亡くなってしまった。
社内で不倫関係にあった男性との関係清算後自分の幸せについて考えていたつぐみは
在宅勤務を申請して祖母の家で暮らすことを決める。
が、いつの間にか見知らぬ壮年男性が祖母の家に居ついてしまい同居することになる。
祖母から鍵を受け取っていたというその男性は東京のある女子大の著名な教授である海江田醇だった。
海江田はかつて祖母に恋をしていたのだという。
しぶしぶと同居を始めたつぐみだったが、いつの間にか海江田に結婚を迫られるようになって戸惑いを隠せない。
海江田さん、51歳だけど燃える男。
つぐみに迫るのもごく自然なんだけどさらっと
「恋なので仕方ありませんでした」
と言ってしまうこのメンタリティが特異だけどかっこいいんだよなあ。
哲学の教授ということだけどエッセイストでもあり、
非常に合理的だが誰も思いつかないような持論を展開してくるので憎めない。
壮年のくせにメガネ美青年の雰囲気を残しているところもかわいい。
対してつぐみは既婚者ばかりに狙われて捨てられるという典型的な薄幸の女性かな、とも思うけど
本人自身が不幸だと感じる関係しか作れないのはとても哀れな感じ。
勿論、つぐみを狙う男達にも問題があるのだろうが
恋愛に関するメンタリティだけに問題があるキャリアウーマンという矛盾した存在が共感を得やすいところなのかもしれない。
ところで年齢の割に非常にかわゆく書かれていて、
おしゃれだし髪のアレンジも色々できるし
「今までまっとうに結婚できる機会があったのでは?」と思わないでもないけど
そこがリアルなのだろうか。
書籍としてはよくあるように見えてあまり存在しなかった壮年期の恋愛期を描いたものだと思う。
自分自身が未だ海江田どころではなくつぐみの年齢すら迎えていないので余計感動が薄いのかもしれないが、
「こういう恋愛のお話」を読むことは決して悪くはないと思う。
不倫相手は白馬の王子様ではなく、
乗っていたのもぼろぼろのかぼちゃの馬車で決して魅力的ではなく、
最終的につぐみは恋愛をフィルタリングしていた自分の目に気が付く。
それでもトラブルがあったとき、優先すべき事項を決められない。
海江田が出て行ってしまうのは意外だったけど、
彼もやはり一人の若い男であることが捨てきれない部分があるのかもしれない。
最終的にはつぐみは地震を経て「結婚は装飾された夢ではなく無味乾燥なリアル」ということに気付くようだ。
この落ち方は非常に直滑降でわたしは素直に受け入れられた。
海江田といるときは戸惑いばかりで自覚はなかったろうが、
つぐみはとても幸せだったのだろうし。
ここまでは素直に読めたのだが、
この作品に「レビュー」という名でけちをつける女性が多いことが気になった。
元々は3巻が手に入らずamazonのレビューを読まざるを得なくなってしまったことが原因なのだけども。
「西炯子はラストを投げ出した」「途中からトラブルを出して適当に収めた」
という意見があり、
これは読み方にもよるが何かの作品を読むにはあまり向いていない方のレビューだと思う。
良くも悪くも、作品は作家がつくるものだ。
そのラストが気に食わないことで「面白くなかった」という感想を持つのは自由だが、
それを作者への邪推に当ててしまうのは非常に失礼なところだと思う。
面白くなければ読むのを辞める、これが普通の感性で
修正しようがない刊行された漫画に対してクレーマー気質だなと感じる。
書評として成立しているとは思えず、作家に対してダメだしできると思っているところが痛い。
それ以上に気になったのが
「地震というトラブルがあってこんなに簡単にくっつくなんて納得できない」
という(特に)女性の意見だった。
ネットで検索を打ってみると随分この意見が多いように思えた。
わたしはこの意見に一切賛成できる部分がなかったので非常に疑問だったのだけど、
同じような感想を読んでいくうちに少し分かったことがある。
恋愛漫画に自分自身の擬似恋愛を託す層というのが一定量いるように見える。
たしかに2巻までつぐみと海江田の関係は盛り上がる一方、
迷い子を拾って2人で育てても別れてしまうことや、
海江田を狙う浮気相手の存在があって付かず離れずという恋愛描写が受けたのだろうというのは分かった。
もしかしてこの展開について擬似的に恋愛行為を重ねている層にとっては、
つぐみがあっけなく結婚してしまったことが気に食わなかったのか?と思い至った。
もしこの仮説が図星であるなら、
日本で刊行される恋愛漫画はなんと無駄なことかと思う。
読者の擬似恋愛に付き合いその希望に沿う展開を書き続けなければならない。
イケメンを登場させ、主人公に思いいれやすいような設定を用意し、
その割に主人公は一部の隙もない美女でなければならない。
現実には読者が叶えられないようなすばらしい恋愛に主人公を投入し、
読者の思い通りのタイミングでイベントが起き、
読者の思い通りのタイミングで結婚しなければいけない。
これほど窮屈な要求を行われても恋愛漫画を描き続ける意義って存在するものなんだろうか。
単に展開が面白くない、ということに理由付けがない場合もある。
先が読める、あるいはあまり起こらない事態がわざと描かれるという
構成に関する冷静な批判ももしかすると存在するのだろう。
ただ、わたしにはつぐみ以上に妄想恋愛的結婚に憧れる現実の女性たちが
海江田とつぐみの関係に自分の恋愛を勝手に託して失望してしまったように読めるものが多かった。
まさか35のつぐみに感情移入できるような年代の女性が、
「白馬の王子様がかっこよく登場しなかった!」という理由だけでこれほど多くのクレームをつけるとは思いたくなかった。
本来なら恋愛漫画は完全なるフィクションで
(実際にこの作品もつぐみや海江田のキャラクターは全然リアリティがない)
実際の人生の糧にすべきもの、
娯楽として読み飛ばすもの、
知識として受け入れるものとして機能すべきだと思うのだ。
そういう意味では「読んでも娯楽が得られなかったなあ」とか
「読んでも糧にならなかったなあ」
という失望の仕方は分かるのだが、
何故ストーリーの方向や構成に対して怒りや悲しみが発生するのかは理解しがたかった。
とはいえ、最近の日本人の書評の傾向そのものが方向性を変えてきているのは否めないので
その影響を受けた部分が強く出ているだけかもしれない。
話そのものを評価するのではなく、
構成や見通しが読者に与えた知識が増えてきてしまい
テクニックや展開を作家の力量にスライドする形の批判が増えてきているように思う。
でもわたしにはどうも「自分の理想どおりに進まない漫画が面白くない」というクレームに思えてしまうのだ。
作品そのものを俯瞰して読むのではなく、
のめり込み理想化してしまうのはあまり良くないことのような気がする。
本編は非常に面白かったので、
男性にも受け入れられやすい恋愛漫画の傾向でもあるし
西炯子という作家そのものを性別関係なく是非お勧めしたい。
祖母の住んでいた地元の封建的な体質に営業スマイルで立ち向かうつぐみや、
エッセイの御大でありながら人格破綻している海江田など面白いキャラクターだと思う。
社会の様子や地震の描写はキャラクターのデフォルメと裏腹に結構リアルだ。
つぐみの言われている「所詮女の言うこと」やら「その年齢で結婚していないなんて」
という言葉への反発には共感するのではないだろうか。
こうやって描写されて分かるのだけど、
世の中には許さなければいけない理不尽が多すぎる。
でもデフォルメされたキャラクターたちがその苦しさを軽くしてくれる。
わたしは漫画そのものは非常に楽しめたのだが、
その後読者の声を読んでしまった事で非常に考えが揺れた。
慣れない恋愛漫画などうっかり読んでみるものではないと思ったが、
そのことを別にすればドロドロとだらだらと関係が続くようなものではなく
良質の恋愛漫画を読めたのだと思っている。

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