[ひとりの]タイトルに寄せて

さて、移転作業移転作業移転作業とお題目のように移転作業という単語を使用しながらぐだぐだと暮らしていたわけですが、実際自分の中ではお題目でしかなかったようでずいぶんと公開まで時間がかかってしまいました。

前身ブログの開始日が2004年5月6日であることを改めて意識すると、本当に三日坊主というか、ブログの継続の意思が弱くてしょーもないと思いつつ、iPhoneからも更新できるじゃない!という言い訳で何とか続けていけたらいいなあと思います。

ブログのタイトルについて改めて思いを寄せて、このタイトルに決めた理由となった山崎将義さんの「SHEEP」というアルバムを買いなおしました。
話は長いんですけども、大学生のときにこの「SHEEP」をブックオフで見つけて購入してアルバムに収録されていた「低気圧ボーイ」という曲に長い間恋をしていたわけです。

それを今更「買いなおす」ハメになったのは全面的にわたしの持ち物に対するルーズな感覚がでかいとは思うのですが、貸した相手も貸した時期も覚えていながら返していただけなかった、この一点に尽きると言いますが、要するに貸したまま帰ってこなくなったという。
幸い(というべきじゃないとは思いますけども)、他のシングルにライブ音源の再録などがあったのでどんな曲かというのは覚えていたつもりだったのですが、今回移転に際して改めて買いなおすことでとても良い体験をしたと思います。

元々「低気圧ボーイ」という曲は有名なわけではないし、山崎将義さんはどちらかというとブルースやらカントリーやらの名手だと思っていますが、曲自体はファンキーな曲です。
山崎将義さんについてはその声を聴くだけで気絶しそうなくらい好きな時期がありましたが最近は落ち着きました(超個人的エピソード)。
彼の魅力はその歌そのものより、ラテンな感覚でのアレンジが超絶巧妙というか、日本人離れした感性の編曲にあると思います。
で、「低気圧ボーイ」はそのセンスの中心というよりは少し重心から離れた位置にあって、クラブミュージックのようなあっさりしたテイストだと思います。
適当に始まって、適当に盛り上がるんだけど気が付いたら余韻を残しながら去っていく。
遠くの方から存在感を持ってやってきて、しとしとからざあざあと雨を降らせて、湿気となんだかさみしい雰囲気を冷気の中に残らせて去っていく夏の終わりの低気圧のような曲です。

大学生のわたしも、今のわたしも、本質的には同じ人間なので不思議ではないのですが、何年も聞いていなかった音源のその音の一つ一つを聞くたび「あーなんだかさみしいなあ」と思わせるこの曲に改めて感心しています。
夏って決して好きな季節ではないんですけども、その終わりを端的に示したその曲と、その曲のニュアンスがくみ取れる完成度と、大昔の自分が聞いていた曲をまた自分が聞いていることと、夏の終わりの「終わり」という感覚を疑似的に与えられることと、そんなたくさんのオブジェクトがぐるぐるしてなんだか頭の中がいっぱいになります。
秩序でもあるし、混沌でもあるのですけども、人間って複雑にできているのだなあと思うのです。

そんな自分の感性を残せるブログにしたいな、と改めて思います。

閑話休題。
山下達郎の「高気圧ガール」へのオマージュ曲だと勝手に思っていたのですが、世の中には「低気圧ガール」も「高気圧ボーイ」もいるらしいので書いてみました。
同じアルバムの中に「審判の日」というまた日本人離れした面白さの歌詞を備えた歌があるのですが、これはまた書きたいと思います。

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