[社会]自家用車通勤させる社会が通勤に向いていない件

よい季節になりました。
エアコンを付けなくて良い季節は春のほんのひとときと今だけです。
自家用車通勤になってから1年と少し経ちました。

転職時、車を持っていなかったわたしですが、今年1月に納車された某小型ハッチバックを乗り回し…ていないです。
ディーラーに定期点検に持っていくたび、
「もっといっぱい乗ってください(意訳)」
「もっと乗らないと車がダメになるだろうが(意訳)」
「オメー車遊ばせておいて大事にしてるつもりなんじゃねーだろうな(意訳)」
という感じのことを言われて返されますが一応快適に動いています。
まあ、今3000キロちょっと乗ったところなんですけど。
ええ、全然車乗る気ないのは自分でもわかっています。
距離を稼ぐ形で動かしておかないとブレーキがさびちゃうぞ(意訳)ということらしいんですけど。

そもそも何故車を買うことになったのかというと、転職先のためではなく出向先のためでした。
せっかく車の要らない距離の転職先を探したのに踏んだり蹴ったりです。
買わずに済ますことも(恐らくすげー無理すれば)できたのですが、流石に社用車、それもXX年前の軽乗用車を氷結の中駆って遅刻しかけてから自分の車を買うことにしました。

わたしの通勤経験と言えば、東京に住んでいた間の電車通勤しかありません。
田舎に住んでいた学生時代はバスも使いましたが、田舎のバスは1時間に2本、時間通りに来ればいい方でたいていは誤差30分以内。
冬場はどんなに寒くてもバスを待つしかありませんでした。

それが、車で会社に通うようになってからものすごい違和感に気付きました。
何だかものすごく疲れるんです。
仕事は正直なところ、東京の会社でやっていた業務の半分以下なので疲れるものとも思えませんが、最初は運転し慣れないことと出向先で緊張しているんだろうと思っていました。
でも時間が経ってもどんどん違和感が酷くなっていきました。

家に帰りつき、東京で暮らしていた時よりも早く家に着くのですが、何だかものすごく時間がないのです。
例えば東京では家に着くのは19:30、現在はうまくいけば18:00、遅くても18:30くらいだと思います。
でも寝るまでの自由な時間が全然ありません。
明日も事故を起こさずに安全に運転しなければ、と思うせいか、早く寝なければ疲れが取れないので、夜に一人でプログラムを書いて遊んだり、ゲームをするどころではなくなっています。

朝も何だかイライラします。
どうやら道路整備の酷さ、周囲のドライバーの危険運転がイライラさせる原因なのはわかりましたが、いつもものすごいストレスを感じています。
そういう生活を1年続けてみて、やはりストレスだと思ったので分析したことを書こうと思いました。

田舎全般に当てはまることではないかもしれませんが、少なくとも自分の生活に大きな影響を与えていると思われることです。

①フレックスタイムがないので、不自由な時間に一斉に人が動き出してストレスを増幅させる。
これは東京でも当てはまる地域があるかもしれませんが、田舎は本当に「定時」という概念をやめるべきだと思います。
破綻した地方政治が支えきれなくなってほったらかしのでこぼこで猫の額のような狭い国道、度重なる事故による摩耗と老朽化をだましだまし使っている橋、整備がなっていないせいで事故が頻発する交差点、そのものすごく危険な道路を都会の交通量を超えるいろんな車種が渋滞を起こしながら会社に向かうわけです。
その設定が8:30などに一律に設定されているので、例えば同じ会社に向かう車同士でのレースになったりします。
電車のように「次5分後に来るから待つか」などということもできません。
せいぜいコンビニに入って少し休憩する程度ですが、それも「定時」のせいで遅刻したら困るのでできないんです。
「苦労しても努力して定時に会社に集まるのが美徳」と未だに思っているような田舎の経営者が、田舎の経営者たる低い資質しか持ち合わせていないのをひしひしと感じます。
※もちろん、フレックス導入していて成功している先進的な会社もあります。念のため。

②車の運転は、それ以外のことができない。
わたし自身が最も自家用車通勤を厭う部分はこれでした。
ある日突然気が付きました。運転以外のことができない。
電車で通勤することはものすごいストレスだと思っていました。
見知らぬ他人と乗り合わせて自分だけの世界を一生懸命維持しながら会社に向かっていくことは、疲れることなのだと。
でも本当に疲れることは、自分の命に責任を持ちながらほかの作業を許されず会社に向かわなければいけないことだったんだと初めてわかりました。
更に残念ながら、自分が気を付けていてもほかの車が失敗したとき巻き込まれたら同じ結果になります。
電車のつり革につかまってうたた寝することも、壁にもたれかかりながら携帯を見ることもできません。
まさか電車通勤を贅沢だと感じる日が来ると思いませんでした。
会社に向かうためだけに運転して、会社から帰るためだけに運転して、その間は自分で事故を起こさないようにとか他人にぶつけられないようにとか、マナーのなってないチャリを轢かないようにだとか痴呆で飛び出してくる歩行者を轢かないようにだとかそういうことだけに消費するわけです。
唯一音楽だけは自由になりますが、カーステレオにお金をかける輩が出てくるのは仕方ないことなんだと思うようになりました。

③そもそもどうしても車がなければ通勤できないのに、補助がない。
要するに「会社側が社員を通勤させるためには車が絶対的に必要だが、それは社員の財産から出させている」点。
まだギリギリ数万円でもボーナスの出る会社なら、きちんと燃料費が出るでしょう。
ですがこのガソリン高騰時に原価以上で計算してくれる福利厚生の厚い会社はそれほどありません。
例えば走行距離から割り出される「移動費」は出ますが、夏の35度を超える中の通勤で不可避となる「エアコン代」とか、冬の零下に対抗するための「エアコン代」とか、事故を起こさないための「スタッドレスタイヤ」「タイヤ履き替えコスト」とか、そういうものは出ません。
忘れがちですが、そもそも従業員の車で来させているという時点で「個人の車を通勤に使うコスト」も完全に無視されています。
これは会社だけの問題ではなく、政治も問題があると思います。
公共の移動方法がないのですが、車の購入費・整備費は「ぜいたく品」として車を維持する都会と同じか、それ以上のコストを要求されることが分かっていながら、労働者にそれを強いるわけです。
現状、地方では「平均給与額がこれくらいだから」という理由で業務や職能とは無関係に給与が低収入に決まってしまい、そこから通勤で摩耗される個人の車を維持していかなければならないのです。
実際に収支計算をするとぞっとしますが、「みんなこれくらいだからね」と言いながら仕事と無関係に手取りが決められて、その給与の中から自家用車を用意し会社に行くことを求められるということです。
自家用車を用意するときには車庫証明、車代、取得税などがかかり、それを維持するためには車代(ローン)、保険、駐車場代、自動車税などがかかります。
手取り20万以下で生活しながら実際にそのお金をなんとか払ってそれでも会社に通うしかない社会です。
これ、ものすごくおかしいと思いませんか?

主に自分がイヤだと思うことを3点に絞りましたが、実際には更に不都合なことがたくさんあります。
車を運転しながらイライラしていたのは無意識にそういうことを考えてしまうせいなのでしょう。
在宅勤務のときには「電車通勤はもうイヤだなー」とか軽く考えていましたが、自家用車通勤をするようになって田舎の人間の適当さと愚鈍さを同時に感じています。
通勤すればするほどコストがかかる、ということを誰も分からないし、変だと思っていないんです。
通勤して当たり前だと思っているし、通勤できなければ働けません。
でも自家用車通勤を成立させるための条件が社会に全然整っていない。

明日も事故を起こさないようにおっかなびっくり運転して、ストレスを感じるのだろうか。
電車通勤にストレスがないとは言いませんが、電車の運転士さんに安心して命を預ける生活に戻りたいです。

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